2008年03月16日

わたしたちの意味

しばらく前、はねの貧血が判明したときだったかな。
「はね、赤血球が半分しかないんだって」そう、お母さんに言った時かな。
それとも、ササが膿胸になったと報告した時かな。
「どうしてうちの子ばっかり・・・」とさすがにお母さんが絶句したのを覚えてる。
私もいつも思ってた。

どうして、こう、うちは問題が次々に起こるんだろう?
どうして、次々にいろんな病気になるんだろう?

まるで、
次はこの病気が課題です。どう立ち向かいますか?
そんな命の試練を出されてるみたいで、
それが大事なうちの猫たちの命で、
自分たちが生きてるイミは何なんだろう?ってよく思った。
こんなに大切な命を失う今生って、前世の私はどんなに悪いことをしたんだ?とかね。

結局、ササが旅立ってしまってからも、休むことなく走ってる。
走り続けないと、今度は「はね」が失われてしまうからね。
ササが死んでしまった翌日、急激にはねの元気がなくなって、
8日に栗の血を輸血をした。
その3日後の11日にも空の血を輸血をし、また、明日輸血をする。
ごはんを食べてくれるから、まだ気持ち的にはラクなんだけど、
それでも後ろ足の筋肉がかなり落ちて痩せてるので、胸が痛くなる。

でも、輸血が続けば、はねは黄疸が出てるけど元気に過ごせる。
お金を切り詰めて、やりくりして、酸素ケージもまだレンタルして、
がんばっていけば、ちゃんと一緒に生きる時間が作れる。

私ははねがすごく好きだ。
ぷーぷーウルサイ子で、あちこちでシッコするはねをぺしぺし叩いたり、
大きな声で怒ったりもして後悔はすごくあるんだけど、
それでも、はねが私を好きなんだってわかるから。
(妹が、はね、あきらかにりゅうと妹に対する態度が違うと言ってたし)
だから、ササがこの世からいなくなってしまって、
夢の中でも「ササが死んでしまった」と泣き喚く私がいても、
それでも休まず走り続けられる。

好きっていう気持ちは、ほんとに強いね。
死んでしまっていても、前にも言ったけど、変わりなく私はササが好きだ。
今でも、メイもフミもみんなみんな好き。
つらくて泣くのは、もっと一緒に生きていたかったんだから、当然。

リンパ腫のことで、うちにたどり着いてがんばってくれた猫さんが、
たくさんいたことを知りました。
はげましてくれて、応援してくれて、ありがとう☆
みんな大変だったね。でも、いっぱいがんばったね。
できることには限りがあるんだけど、出来る分だけ、がんばれたら幸せだと思う。
後悔を抱えるのも、その子が好きだった気持ちの表れだからね。

ササをこの世から失った今でも、私ははっきり言えることがあって。

それは、
病気になっても、命の「分」精一杯いろんなことが出来るってこと。
短い一生でも、一緒に過ごせてどんなに幸せだったか!ってこと。
病気を抱えて生きていくのは、それなりにすごく大変でつらいこともあるけど、
でも、それでも一緒に生きてくれて、出会えてほんとによかったなってこと。

もし、短い一生だった・・・ってずっと泣き続けてる人がいたら、
そんな風に考えてほしいと思う。
「短い時間」って決められた命を持った子が、選んで来たのが自分のとこなんだ!って。
その短い決められた時間を、一緒に生きることができたんだなぁって。
病気の子だってわかってたら、一緒に暮らさなかったかな?
病気になる子だってわかってたら、一緒に暮らさなかったかな?

つらいことも楽しいことも、うちで一緒に生きてくれてほんと良かった。
私は今でもそう言えます。
ササもフミもみんなみんな、うちで一緒に病気と対峙できてよかった。
もちろん、病気になんてなってほしくないけど。
もうコリゴリだけど、
病気でも病気じゃなくても、一緒に生きられたしあわせっていうのは、
ほんとにすごく、キレイな宝物だと思う。

今でも、ササが死んでしまったなんて、ある部分では信じられないけどね。

病気になってしまっても、その時その時、できることはちゃんとある。
どうしても変えられない「命の分」っていうのはあるんだけど、
その命の分いっぱい、みんなで支えあって一緒にがんばって行けたら、
きっと、つらくても、それはとてもしあわせなことだと思う。

多分、それを伝えることが、我が猫屋敷が生きてる、イミなんだと思う。
どうかな?
ニックネーム りゅう at 21:18| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする