2006年01月14日

リンパ腫

3年前の2003年1月。
りゅう家から石油ヒーターの火が消えました。
肺の1/3でしか呼吸できない成に、
キレイな空気をあげたいと思ったからです。
短いような長かったような、とても辛くて心配で苦しい8日間は、
それと同時に、私が今まで生きてきた中で、一番大切で重要な時間です。
成が私にくれた1週間。残していく私のためにくれた時間。
だから、
猫と別れた経験のあるヒトは読むとつらいかもしれないけど。
私も振り返って、あの時の成の姿を心で見て、泣かない時はないんだけど。
それでも、その8日間はとてもとても私の大切な時間だから、
断片的だけど現在の猫屋敷に訪れるヒトには知っていてほしいと思う。
みんなの心の中にも、私の成が生きてくれたら、うれしいと思う。

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「なーたん、カゼひきやすいねぇ」って言う位、よく軽い咳をしていた成。
毎回すぐに病院に連れて行って、
飲み薬でさらっと状態がよくなるから、カゼもあったんだろう。
りゅうずサイトで書いていた日記を断片的に読み返すと、
成がよく「カゼ」をひいてる日記が多い。私自身みたいだなぁ。
でも、今回は肺の音がいつもと違うコトが気になっていた。
私は猫の心拍と熱ならなんとなく判断できるんだけど、、
妹は吹奏楽をやっていたからか、音の違いに敏感で、肺の音をじっと聞き取る。

お母さんが連れて行ったお正月休み明けの診察で、
「癌かもしれないって言われた」と聞いても、ピンとこなかった。
大晦日・元日と元気に走り回っていた成。
今でもデジカメの中に、子猫のメイと格闘する成の動画が残る。
癌なワケないよ。こんなに元気だもん。
でも、いつものカゼの飲み薬で少し調子が良くなったけど、
そこからなかなか全快には至らない。
成は気がつくと、りゅうの椅子の下でじっとしてる事が多くなった。
なんかへんだなぁ・・・と、飲み薬が終わる日、成の再診に行く。

カゼだと思っていた成が、リンパ腫の末期だと言われた3年前の今日。
私は「末期」がどういうものかまだわかっていなくて、
初期はすぐ治る時期、
末期は治るまでにすごく時間がかかって大変な時期、だと思ってた。
だから、成はいつ頃元気になるんだろう?って思った。
リンパ腫、という言葉に出会ったのも初めてで、なんだろうな?って思った。
まさか、うちの猫が癌になるなんて思いもよらなかったし。
レントゲンの胸部写真は、前面に薄く白い影が広がっていた。
部分的に肺に水が貯まっているなら、水を抜く事ができる。
まちがいなく液状のものなんだけど、全面に広がるこの場合は、
針をどこに刺してよいかわからないということで、利尿剤で水を体外に出す事になった。
イチかバチか試してみるなんてできない場所だもんね。
成はその日入院。
1月14日、りゅう部屋で一緒に寝ていて「にぎにぎ」する成を見ながら、
もしかしてこれが最後のにぎにぎなんて事ないよね・・・と思った事を今でも覚えてる。
そして今でも後悔している。
そんなコト、思わなければよかったなぁって。

翌日様子を見に行ったお母さんは、やせ細った成を連れて帰ってきた。
利尿剤のおかげか、呼吸は少し楽そうになったけど、驚くほど痩せてる。
声が出ないまま、おかあさんをじっと見て鳴いたそうだ。
それを見て、お母さんは毎日注射に通うから、家に連れて帰りたいと申し出たらしい。
先生がいちばん、成の末期の状態を知っていたんだろう。
手を尽くしてあげたいけど、時間があまりない事も。
「長くないかもしれないけど、出来る事をやってあげましょう」
そう言って、成を家に戻してくれた。
部屋の中のなるを見てお母さんは、
「成、かわいそうだもんね、これでいいんだよね」と、私に確認をとるように数回聞く。
うん。
私も成も、家にいるのがいいと思うよ。
病院に毎日通えばいいんだもん。大丈夫だよ。きっと治るよ。

成はお水を飲む。でもごはんは食べられない。
当時6匹の猫みんながごはんを食べるキッチンへと、
ふらふら倒れそうになりながら移動するんだけど、ごはんを出すのだけど、
成はみんなが食べてるすぐ隣に、じっと伏せたまま。
みんなが部屋に戻ろうとすると、一緒にふらふらと戻る。
注射の通院の時、先生に聞いてみた。
「ごはんを食べるようになったら、悪い所治りますか?」
今思い返すと、その時の先生の表情はとても痛ましいものを見るようだった。
「末期」が理解できない私に、どう伝えようか言葉を選ぶような感じで静かに否定した。
「違いますよ。悪い所があるから、苦しくて食べられないんですよ」
私はそのイミがよくわからず、
だから、食べられるようになれば治るんだよね?と食べ物検索を決意していた。
そうなんだよね。
今なら、先生が言いたかった意味がちゃんとわかる。

** 2003.1.14の日記より **
大変な病気って、やっぱり自分の近くに起こらないとわからないと実感。
友達を励まそうにも、検査の結果が出なくちゃ迂闊なコト言えないから…
なんて思っていた自分が、薄情だと思う。
身内の病気で、それにやっと気づきました。
気楽に「大丈夫だよ」って言えないと、今でも思っているけど。
それでもそれとは別に、祈りのように「大丈夫だよ!そんな病気じゃないよ!」と
みんなに言ってあげたいです。
もし結果が大変な病気であっても、大丈夫だって言いたいと思いました。
病気かもしれない当人に「気楽に大丈夫なんて言って(怒)」と思われても、
本人以外には本当に辛さ・苦しさはわからないって怒られても、
それでも大丈夫だよって言いたいと思いました。

神サマはいないと思うし、祈りは何の役にも立たないのかもしれない。
でもやっぱり、私は祈りは何か力になると思って、八重に祈る。
おみくじの大吉を信じようと思うって…やっぱり神サマいるって思ってるのかなあ。
ま、そんなコトはどうでもいいのです。
とにかく誰でもいいから、成をたすけてください。

取り乱し中の私を支えてくれたみなさん。本当にありがとうございます。
りゅうずはしばらくお休みしますが、もうちょっと力を貸してくださいね。

三日月 まだリンパ腫を知らなかった頃の最新記事】
ニックネーム りゅう at 13:58| 三日月 まだリンパ腫を知らなかった頃 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする