2006年01月20日

一緒の時間

心配でメールをしたら、朝も昼もほたてを食べない、と返ってきた。
どうして;_;昨日はいつもより食べたのに・・・
でも昨日は食べてた。まだ大丈夫なはず。
何とかすれば、大丈夫なはず。
BBSでまたアドバイスを募った。
またっていうか、もうかなり頻繁にお邪魔して教えてもらっている。
もっと考えなくちゃ。もっと調べなくちゃ。
眠る時間も惜しかった。ごはんを食べる時間も惜しかった。
自分の部屋から布団を持ち込んで、1Fの和室に成と一緒にいた。
心配と時間がもったいないという思いで、うとうとしては目を覚ます。
生きてるかな、大丈夫かな!?とハッと起きると、
大抵成がこちらをじっと見ていた。
苦しいの?大丈夫?
くふー、くふー、と苦しそうな息が聞こえる。
ヒーターのついていない、息が白くなるこの部屋で、
それでも成と一緒に生きているのがうれしかった。

肺の1/3でも、酸素をたくさん吸えたら大丈夫になるかな?
酸素を発生する機械があったよなぁ・・・あれ、買おうかな。
取り寄せるのに1週間。間に合うかどうか迷って、注文に踏みきれない。
和室の南側の床に、冬越えのための植物がたくさんあって、
空気がキレイかなーと成を連れて行く。
060120.jpg

窓を少し開けて外の空気を・・・と思ったら、成がくんくんと鼻を動かした。
外の空気だよ。お庭に行きたいね。
外に行きたいなーっていうのが伝わる。
八重が生きていた頃のように、八重が眠るあの庭に。
連れて行ってあげたかったけど、発熱している成が風邪を引いたらまずい。
外に行きたいね、元気になったら走れるね。
元気になろうよ。もっと一緒に生きていこうよ。

PCを持ち込み、布団をかぶって成を見続ける私に、お母さんが怒った。
自分の体の事わかってるんでしょ、倒れたらどうするの!
上(自分の部屋)で寝なさい!
そんな事言われたって、はい、って聞けません。
言い返そうと思ったけど、考え直した。
今は点滴で済んでるからいいけど、入院ってなったら困る。
絶対しないって言い張るつもりだけど、
倒れたスキをみて病院に担ぎ込まれたら、
そうなったら、成を見ていられる時間がその分なくなる。
上で寝ていて起きたら死んじゃってた・・・なんてイヤだ。
でも、心配な成と離れて病院なんてもっとイヤだ。
その日は大人しく、自分の部屋で眠ることにした。

朝、ものすごい勢いで飛び起き、すごい勢いで階段を下りる。
よかった〜生きてる。
家に帰ってくる時も、ものすごい勢いでチャリに乗っていた。
大丈夫大丈夫。生きてる生きてる。成は生きてる。
そう心で強く念じながら、でも胃がきゅっと締め付けられる中、
駅から10分の距離と時間が長かった。
治療をやめてから毎日。
家に辿り着いて、苦しそうだけど生きている成を見て、
どんなに神サマに感謝しただろう。
心配で張り詰めていた神経が、ほっと緩む瞬間だった。
プロポリスお水をシリンジで少しずつ飲ませ、カロリーエースを飲ませて。
食べると熱が上がるのか、ふらふらとマフラーの布団から出てしまう。
何をしてあげたらよいのか、どうすれば成が苦しくなくなるのか、
わからなくて、心配で、怖くて、気が気じゃなかったけど、
それでも成が生きているから、がんばることができた。
時間がほしいな。もっともっと。
当時私は「時間がもったいない」ばっかり言ってた気がする。
三日月 まだリンパ腫を知らなかった頃の最新記事】
ニックネーム りゅう at 22:22| 三日月 まだリンパ腫を知らなかった頃 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする