2009年08月16日

迎え盆でみんなと一緒に

「お盆にいくのは、本当の仏様になるんだよ」とお母さんが言った。

みんなが帰ってきた迎え盆である13日に、カナが永眠。

歯肉炎でずっとがんばっていたけれど、ステロイド注射の間隔も短くなり、
打っても持ちが悪くなったなぁって思っていたんだよね。
そしてホネと皮の体格。
最後の頃は、痛みで口が開かないのか、
強制給仕しようとしてもかなり抵抗して、ごはんを食べられなかったカナ。

輸液をするだけではもうどうしようもないってわかってる。
もうお別れが近づいてるのもわかってる。
だから、何もしてあげられない。

輸液をして元気になるなら、注射をして元気になるなら。
そう思ってきたけれど、もうそれにも限りがあって。
おなかがすいてるのはわかってるけど、でもどうにもしてあげられない。

今でも手に傷があるんだけど、
そんなに抵抗するくらい痛みがひどいのに強制給仕をするのはどうなんだろうって。
でももうそんなに命が持たないのも、現実としてわかってる。
それなら、もうそこまでして食べさせることはないかな。
そうすると、死ぬのを待つしかできない感じで、本当に切ないんだけど。

そんな葛藤をかかえながら、でももう食べさせる事もできず。
そんな数日を過ごした。
12日の夜は、まだカナは動き回っていた。
死んでしまう前日に、姉妹猫であるリナがそうだったように、
同じような声で鳴きながら、ゆっくり歩いているのがわかった。
あれだけ、立て続けに闘病とお別れを繰り返したせいか、なんとなくわかる。
ああ、お別れがくるんだなぁって。
その声を聞きながら、眠りに着いた。
それが、最後にきいたカナの声。

翌日の朝は、もうカナは横倒れになっていて、瞳孔が開いていた。
それでも、内臓が悪いわけではないので、心音は少し早いけど規則正しい。
お母さんも、不整脈は出てないんだよって言ってたし。
帰宅したあとも、状態は同じ。
息もしてるし心臓も動いているけど、瞳孔はほとんどひらいてる。
それでも、ゆずや大声のなるの声がきこえると、その瞳の大きさが変わるから、
ちゃんと聞こえてるのかな?

カナは1日かけて、体から少しずつ体温がさがっていった。
1日で全然違うんだね。

夕方頃から、時々体のいろんなところで、ぴく、ぴくとケイレンが起きる。
何かの準備なのかな・・・
それとも、迎え盆で帰ってきたみんなのところに行こうとしてるのかな?
フシギなんだけど、まるで歩いているかのように、順番に手足が動いてたり。
イシキはもうほとんどなくて、夢の中でお散歩してるんじゃないだろうか?

心音を聞いてあと1日は持つかな?と。
眠る前にもう一度様子を見てみようと、14日の0時に1Fに降りていく。

私が2Fに行った時と同じように、お母さんがカナの手をにぎったまま寝てる。
(TVつけっ放し・・・)
暗闇でも、なんとなくわかった。
(眠ってたけど)お母さんと手をつないだまま、カナはもうすでに旅立っていた。

お母さん、カナ死んじゃってる。
そういうと、全然わからなかったって飛び起きたけど。
そっか、じゃあリナのように静かに静かに旅立てたんだね。
はねのように苦しむことなく。
でも、おなかはすいてただろうなぁ。

ごめんね。おなかをすかせたまま死なせてしまった。
もっと、いろいろできることはあったかもしれない。
違う治療もあったかもしれない。
でも、私たちができる、精一杯のことをしたつもりなんだ。
20年、しあわせだって思ってくれたらいいんだけどなぁ。

ごはんが食べられなくて死んじゃうのはやだね。
こうならないように、他のは歯磨きさせなくちゃって、お母さんがめずらしく言った。

口の中を見てみたけれど、口内炎はなくて、歯が変形しているくらいかな?
口内は意外なほどキレイだった。

年寄り組はゆずしかいなくなっちゃって、さみしくなるね。
でも、もう歯がイタイのもおなかすくこともないからね、
みんなで一緒に、ゆっくりのんびり天国でお散歩して待っててね。
今までがんばってくれて、ありがとう、カナ。
ニックネーム りゅう at 20:35| 紅葉 お年寄り猫たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする