2010年05月29日

ゆずの旅立ち

我が家の長老、23歳のゆずが昨夜旅立った。

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ここ数日、うろうろしたり鳴いたりするのは、
いつもと変わらないようだったけど・・・
なんとなく顔つきが違って見えたのはやっぱり、このためだったのかな。
急に老けた?って感じがしたんだよね。

食欲もおちていたんだけど、それでも気が向けば食べていた。
お母さんがサイエンスダイエットのシニアの缶詰を買ってきて、
食べるかな?と差し出したら、もぐもぐしっかり食べてた。

その後、洗面所の修理をしていたお母さんと私の所にゆずが来たんだけど、

り:「見て見てお母さん、ゆずの顔顔(笑)
母:「なに」
り:「ほら、缶詰だらけ顔(笑)
(がつがつ食べたらしく、口も鼻も缶詰ついてる)
母:「笑ってないで拭いてやるんだよむかっ(怒り)

そんなやり取りが27日の夜、旅立つ前日のことだ。

さすがによぼよぼで、ホネと皮状態だったものの、
ゆっくり散歩をしたりごはんを食べたり、23歳という年齢にしたらすごいと思う。
ゆずのカラダ的にはもう限界で、毛も生えてこない部分が多くなっていたけど、
やっぱり「ごはんを自力で食べられる」っていうのが基本なんだろうね。
ゆずは今のカラダを目一杯、しっかりしっかり使い切って旅立った、
そんな気がする。

私がこの立場だったら・・・と、
老猫と暮らすヒトは少なからず考えることがあると思う。
老猫だけじゃなく、リンパ腫の治療とか今まで闘病してきた時もだけど。

私だったらここまでは長生きしたくないな・・・
私だったら治療続けるかな・・・

誰だって、何度も心に浮かび上がる問題だと思う。

でも、そういうのも難しく考える必要はなくて、
「できることをできる分だけがんばる」
それで、いいんじゃないかなと、この猫屋敷で育って学んできた。

ゆずのように老衰で大往生するのは、ある意味憧れでもあるよね。
でも、ぼけたり寝たきりとかで長生きするのはどうなのかな・・・とか、
年老いてよごれちゃったりうるさかったりして邪険にされちゃったりとか、
そういう不安を抱えると、お互いがつらくなると思う。

そういえば、ササたちのような若いうちの旅立ちと、ゆずの大往生と、
見送る側としては大往生の方が、やっぱりつらくないなって思った。
まぁ、闘病は後悔がかなり深く残るけど、
ゆずのようにここまでしっかり生きてくれると、
「おつかれさま。すごかったね」って気持ちが心の95%以上を占めるかな。
夜中、私がお母さんに言われて見に行ったときは、
もうすでに硬直していたけど、ほんのりあたたかさが残っていた。
やせやせだけど、最後まで「元気」があったゆず。

ゆずが保護する猫たちを受け入れてくれていたから、
我が猫屋敷の猫たちは、自分より後にはいった子の面倒を見てくれるようになった。
天の両手が麻痺していたときは、
華がトイレの砂をかわりにかけてあげたりね。

長い間ありがと、ゆず。
みんなに迎えに来てもらったのかな。
埋葬まで、みんなでここにいるんだろうか。

それとも、ゆずの前に拾って一緒にいた「みかん」の元に遊びにいったかな?
みかんは2年くらいで失踪(たぶん病気でそのまま外にいったと思う)したから、
約20年経って、やっとみかんに会えるんだね。

今までこの猫屋敷を守ってくれて、ありがとう。
さよなら、ゆず。
ニックネーム りゅう at 11:09| 紅葉 お年寄り猫たち | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする