2007年05月14日

飛行機雲に乗って

フミが死んでしまった5/14朝。
衰弱してはいたけれど、それでもいつもと同じように1日が過ぎると思ってた。
輸液をして、
前日に買ってきたカリカリの匂いをかいで、ぐるぐる言ってて。
それなのに、
どうしてフミは死んでしまったんだろう。

午後出勤だった私が家を出て空を見上げると、飛行機雲が見えた。

北東からどんどん近づいてくる飛行機。そのあとに続く飛行機雲。
駅に向かって歩きながら、
もうすぐ私の真上に飛行機がやってくるんだ、と思って見上げて歩く。

飛行機は音もなくどんどん近づいて、私の真上に来た。

歩く私の頭上を、飛行機は通り過ぎていく。
さっきまで私の真上にいたのに、今はもう過ぎてしまった。
さっきまで私の真上にいたのに、今はもう、あんなに遠くに行ってしまった。
頭上に残るのは真っ白い直線の飛行機雲。
何回も飛行機の軌跡を追い、その過ぎた時間を「飛行機雲」で実感する。
やがて飛行機は白くかすむ遠くの空に消え、
その軌跡の飛行機雲も薄れて消えた。

フミと同じ。
さっきまで手元にあったフミの命は、
あの飛行機と同じように、私の手元を飛び立って、あんなに遠くに行ってしまった。
4時間という、遠い時間に乗って、これから過ぎていく時間に乗って。

小さい頃からよく、こんな風に思うクセが私にはある。
時間を視覚でくりかえしくりかえし、こんなに過ぎたんだ、ってとらえるの。

**自責の念に気づいてから**

どうして死んじゃったんだろう。
ごはんを食べるようになってきたのに。
ぐるぐる言ってたのに。
私が口に垂らした3滴のミルクが、フミの痙攣のきっかけになったんだ。
そんなことしなければ、
衰弱していたといっても、今日死んじゃうことはなかったかもしれない。
次の日には抗がん剤の注射が待っていたから、
血液検査の結果でVCRが打てなかったとしても、何か代わりの治療があったはず。
それをすれば、フミは衰弱の不安から抜けて、
また少しずつ元気を取り戻していったかもしれない。

その、元気になるかもしれない可能性を、私は自分で消してしまった。

そんなことない、っていろんな人が言ってくれるんだろうけど、
実際に「何か」をしてしまった人間は、どうしてもその思いが拭いきれない。
marieさんもお水を口にたらしたばっかりに・・・って後悔していて、
でもそんなことないよ!って私はその時思ったんだけど、
自分が当事者になったら、私がやってしまったことがまさに「命取り」に思えて。

ああ、あんなことしなければよかった。
不安でも明日まで待って病院の診察を受ければ良かった。
できることなら「やりなおし」をしたいけど、
もう、死後数時間経って、冷たくなったフミの体に命が戻らないことを知ってる。
何を考えても、
壁に頭をぶつけても、
何をしても命が戻ってこないことを知ってる。

後悔が押し寄せてくるのに、後悔をしてもどうにもならないことを知る。

そうすると、自分が何を考えていいのかわからなくなって。
結果として私は動けなくなって、また運ばれる羽目になった。

ヒサビサにつらかった。
メイの時、私はどうしてたんだろう?
頭も痛いし目も痛いし、のどもおなかも心臓も、ひっくり返されるような気持ち悪さ。
体中が内側から外側へと、ねじれるような、重力がおかしくなったような感じで、
とてもじゃないけど動けない。
胃がむかむかして吐き気がするけど、精神的なものでは吐けないんだろうか。
吐こうとする時も、
フミが吐こうとしていた仕草を思い出して、さらにまた神経がぎゅっとなる。
もうね、悪循環だけど仕方ない。
イシキが消えそうになる時も、
「どうしてフミが死んじゃったんだろう」
「だれでもいいから何とかして!たすけて!」
ずっとずっとそればっかり考えていた。

私が最後にミルクをあげなければ・・・って話を聞いた時、
「でもそれは、本当にそうなのかはその子(フミ)にしかわからないよ」
あきらちゃんがそう言った。
「どうして死んじゃうのか、いつ死んじゃうのかっていうのは、それはもう神様位しかわからないよ」

今まで一生懸命に看病してきたのを知ってるから、
そういう「わからないこと」に答えを出そうとがんばらないでほしい。
「わからないこと」がわかるのは神様だけだから、
そういうことで自分を責めないでほしい。

自分を責めちゃう気持ちはわかるけどね、とあきらちゃんは付け足した。


**自責の念から思う気持ちに**

日付が変わり、動けるようになってからフミを見ると、すでに鼻から体液が出ていた。
今までの猫とは違う、濃い黄色の体液。
それを見て、「ああ、フミは体の中がこんなにつらかったんだ」って、そう思った。
肝臓も胆のうも疲れちゃって、精一杯の状態で機能していたんだろうね。

メイの時もそうだったんだけど、
ずっと体がこのままでいてくれたら取っておけるのにな、って思う。
でもこうやって、体液が出たり目の辺りに疲れが見えはじめると、
「ああ、早く体も休ませてあげなくちゃ」
精一杯がんばったから、体の方も魂が抜けてすぐにつかれちゃうんだろう。
みんなが眠る庭で、早くゆっくり休ませてあげよう。
そう、踏ん切りがつく。つけられる。

フミの死んだ体に「疲れ」を見る位、私はフミが好きだったんだなぁ。って思いながら。

フミは確かに、私が持ったシリンジを見て、ヘンな味で、
ショックで痙攣を起こしたのかもしれない。
ただ単に、痙攣が始まるのと私の動作が重なっただけかもしれない。
起こった事象は変わらないけど、
フミはショックで痙攣を起こしてしまう位、体にダメージを受けてた。
そういうのも、あるのかもしれないな、と黄色の体液を見て思った。
一進一退でがんばって、でも、もうがんばれないと思ったのかな。

どちらにしても、フミが私を恨まないことも知ってる。
だからこそ私は自分を余計に責めてしまうわけだけど、
そうだなぁ。
考えても「わからないこと」を思い悩んだっていいと思う。
だって考えちゃうんだもん。
考えても無駄なのにってわかってて、でも考えちゃって。
何をかんがえていいかわからない・・・ってなると動けなくなっちゃうから。
だったら、暗くても後ろ向きでも、考えちゃっていいと思う。
でも、そのぎゅっとなった状態にずっととらわれてはいけない。
今言えるのはそれだけ。

「どうしてフミが死んじゃったんだろう」って問いかけに、
「どうしてって、病気だからだよ」と自分で突っ込んでみた。

りゅう表「どうして死んじゃったんだろう」
りゅう裏「病気だからだよ」
りゅう表「どうして病気になっちゃったんだろう」
りゅう裏「生まれつきだよ」

ここにたどり着いちゃったら、私は何も言えない。
病気になったのはフミのせいじゃない。
誰が悪いって話じゃなく、それは「自然」の1画のこと。
(自然=natureじゃなくて、あるがまま、って感じね)
うまく伝わるかな?

いろんなお花かわいいの絵があるとするでしょ?
薔薇、桜、チューリップ、たんぽぽ。ひまわり、藤、ガーベラ・・・

「何でそこに、たんぽぽがあるの?」って言うのと同じ。
そこにたんぽぽが咲いていたからです。

「何でそこに、薔薇があるの?」
そこに薔薇が咲いていたからです。

咲いてたから描いただけなのに、なんで?って言われても困惑するでしょ?

自然って言えばいいのかな、普通って言えばいいのかな?
「芸達者」「推察能力」「長い尻尾」「大きな目」・・・
そういうパーツの中の一つとして「病気」を持って生まれたのが、フミなんだろう。

フミが病気を持っていたのがつらいんじゃなくて、
もっと一緒に長く生きていたかったのに、それが出来なかったこと。

それが今の私のつらさと自責の原点だと思う。
ああ、早く時間が過ぎて救われることを願うのみ。
ニックネーム りゅう at 23:50| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする