2018年01月29日

天に昇っていくムー

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14:30前に妹から出棺メールが届く。
動かない天の写真を見るのはこれが初めて。
でも少し影になっているせいか、灰色カワウソに見えなくて、
天じゃないような気がする。
でも、「に」って感じに口角が上がってるのは、やっぱり天っぽいかな。

これで天の体がこの世からなくなってしまう。
ずっと取っておけるわけないのはわかってるんだけど、
やっぱり死んでしまったことを認めたくなくてうめき声とともに泣いた。
妹がメールで
「立派な棺にいれてもらったムー。これから天に昇るムー」とか、
ムームーいってる天の口調をまねるから、悲しくて悲しくて。

最後になでることができなかったので、
はねと同じように天の灰色の毛を少し切っておいてもらった。

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2018年01月27日

埋葬→初めての火葬に

たぶん目の前に姿がないから、現実逃避ができるんだと思う。
自分をごまかそうと思えば、なんとかできる。

でも、灰色カワウソがテーブルやいすの脚に頭をこすり…こすり…
ってする姿を思い出すと、
大声でわめきたくなる。壁に頭をぶつけたくなる。

でも、そんなことをしても天が生き返るわけでもないので、
心をぎゅっと固く閉じ込める。

天の埋葬は妹がお休みの日、少し先の1/29かなぁと言っていた。
今までのみんなと同じように、庭にお墓を作るのだと思っていたら、
母が今回からは移動火葬をお願いしようと思う、妹ともそう話した、
と電話で言われた。
雪が降ったりちらついたり、地面も凍っちゃってるから…って。
でもハクも1/22で同じ頃だったよね?あの時もお天気ビミョウで。
あ、
数年前と思っていたら、同じ時期に埋葬したハクってもう10年前なんだ。
ハク、ササ、はねって、あの怒涛のような闘病から10年も経つんだ。
なんか隠居状態だから、
私が西の地に来てすでに5年も経つことに今更気づいたような。

ゆくゆくは実家を建て直すかもしれないし、
誰も住まなくなった後とか、
みんなのホネがそのままになってるのもイヤだなと思っていたこともあって、
火葬して骨壺を家に置いておくのは、確かにいいかもしれない。
それならササとか今までの子もそうしたかったな・・・
でも、歴代の猫骨壺を考えたら…それはそれでちょっとすごいことに。
骨壺部屋ができてしまう。

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ニックネーム りゅう at 17:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月24日

雪の中、天還る

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「むーむー(天の愛称)が急変した」と、
「誕生日おめでと!」メールの妹からの返信が、突然の危篤を知らせるものだった。

3日前に「食欲が落ちた」と上の写真が送られてきたんだけど、
毛ヅヤもいいし、それまでカゼのような症状もなにもなかった天。
昨日母と電話した時には、
ふやかしたカリカリじゃなく固いカリカリを食べてたと聞いて、
寒さで一時的に食欲が落ちたのかな・・・と思っていた。
「ふやかしとか年寄り扱いするな!ってコトじゃない?」と笑い、
シッコも出ているようなので、脱水に気をつけて・・・と言っていたばかりなので、
何が起こったのか全くサッパリわからないのが本音だった。

電話をすると、
病院の外に出てきた妹は「雪が降ってきて寒いー」といいつつ、説明をしてくれた。

今朝、こたつの中に絶対入らない天が、こたつの中にいたという。
その時、体温がかなり低くてぐったりしていたので、
妹と母が慌てて病院につれていったのだけど、
病院に着いたら呼吸が荒くなったらしく、そのまま体温の改善と検査をしているとの事。

ポリポリと固いカリカリを食べる昨日の様子を見ていたら、
こんな風になるなんて全然思わなかった、と言っていた。

お昼過ぎに送られてきた血液検査の項目写真は、CKの値がかなり高かったけれど、
肝機能の数値も高めとはいえフミのようなすごい異常でもない。少し高め。
院長先生が胸水か腹水が溜まっているかも・・・と言っていたらしいけど、
お水じゃなくガスがたまっているようだった。

家でできることがないので、
輸液や体温回復の処置、エコー等をお願いして一度帰宅したのだけれど。

便りがないのは無事の証拠。
体温があがればきっと大丈夫。

そう自分に言い聞かせていたのに、
天は16時頃そのまま、遠い空へと還ってしまった。そう連絡が来た。

金木犀の香る頃に旅立った、たぬきと同じように、突然だった。

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酷い状態でわが猫屋敷に来た時から13年。

時にハルヲとケンカをし、栗をハルと思ってかじり、キリを追いかけまわした天。
両手がすこし不自由でも、そんなことものともせずに階段を走りあがった。

どたどたどたっ、とあの走り回る天の音。
ああ、実家に帰ってももう聞くことはできないんだね。
あの灰色が旅立ってしまうなんて、夢にも思わなかった。
今も信じられないけど。
写真を見て大声をあげても、大泣きしても、戻らないものがある。
あの灰色が、カワウソが、
まだ12歳だよ、旅立つのは早すぎる。
突然すぎて、大声で叫びたくなる。
お正月、帰れるなら帰ればよかった。
でも、こんなことになるなんて・・・思いもよらない、
心の底から思いもよらない旅立ちだったんだよ、天・・・

天が還り、
天国はまたハルを筆頭においかけっこが始まってにぎやかになるのかもしれない。
でも、猫屋敷はまた、静かになってしまったね。
「むー」って鳴く天の声はまだ耳にあるのに、
どうしてこんなことになっちゃったんだろう。
500記事目が、まさか天の旅立ちの報告になるなんて。
まさか、とか、どうして、とか、もう本当に、イミがわからない。

天にゆかりのある皆さん。

このblogを通じて、天ほどいろんな人に助けられた猫はいないと思います。
みんなのお祈り、みんなの情報のおかげで、
天の折れた両手は、
切断することなく、か細いけれどしっかりと天を支えてくれました。
カワウソと呼ばれるほどに、ずっしりとたくましく生きることができました。

今は記事を書くことも休み、連絡を取ることできもなくなってしまいましたが、
それでも今でもずっと感謝の気持ちは消えません。
あの頃使用していたgooメールがもう利用できないのでこちらでお知らせ致します。
天を、猫屋敷を、助けてくれてありがとうございました。


追記:1/25母からの電話で、天は腸閉塞かもしれないとの事でした。
お母さんがもっと早く気づいていれば・・・と自分をかなり責めていたけれど、
嘔吐も下痢もなく、症状が食欲不振だけではすぐに思い至らないと思う。
言われてみればおなかが膨らんでいたかもと言っても、
天もくりも普段からおなかたぷたぷだし。
様子を見てしまうのは、仕方がなかったと思う。

それでも後悔はやってくる。
天を預けて1匹にしてしまったから、もうあの病院に行きたくないという母。
お母さんはずっと天と一緒にいたから、どの猫よりも今回のお別れがつらいんだ、と。
もっとなんとかできたんじゃないか。
病院じゃなく、家でみんなで看取ってあげたかった。
でも、もしかしたら復活するかも。
なんとか間に合うかもって思ったから、先生もそう思ったから、
治療や検査をしたのだから、それが悪かったわけではないよね。
コマみたいに眠っているうちに手をつないで逝けたらそれが一番だけど、
うちの猫はあの病院や先生が好きだから、まったくの独りぼっちではなかったよ。
苦しいから鳴いただけで、怒ってはいなかったと思うよ。
そう思いたい。

何年も猫と暮らしていても、
どんなに気をつけていても、やっぱり、病気は思いもよらないことが多いです。
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2013年05月16日

ペット霊園での1日

夫実家では義母(いつもは漢字を変えずにお母さんと呼んでるけど)と、
プチちゃんの1人+1匹生活。

訃報を聞いて義妹Tちゃんがペット霊園に電話をして、
翌5/15に火葬の手配をしたとの事でした。
5/15は葵祭があるから、ちょうどその日お休みをいれていたんだけど、
初めて一緒に暮らした18才の子を見送るため、一緒に大阪に行ってきました。
葵祭は私が元気だったらまた来年行けるもんね。

大阪実家に着くと、バスタオルにくるまれたプチちゃんは穏やかな顔をしていました。
これは、苦しくて逝った表情じゃないね。
いつも自分がいた棚の下で亡くなっていたいたそうだから、
お昼寝していて、ふっと魂が抜けたんじゃないかな。
我が猫屋敷の犬君やリナ、ハクのように。

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歩いていける距離に数年前にできたという新しいペット霊園。
早歩きのだんなさんをよそに、お義母さんとゆっくり話をしながら向かいました。

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2012年03月11日

遠くに行ってしまったね

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ハルオが旅立ってから、早いものでもう1ヶ月です。

だんだん痩せてきたものの、デポメドとコンベニア注を打ってもらって。
強制給餌をしたほうがいいと思います、という妹のメモを見てごはんを食べさせて。
ヒサビサの強制給餌。
ハルの口の中が痛い時はできないと思ってやっていなかったのだけど、
デキサとか注射のおかげで赤みも痛みも引いたみたいなので、やってみた。
手慣れたものだなぁ。

ハルもちゃんと食べ、
夜には私達のごはんの「ツナときゅうりの和え物」の匂いに、
それなに?それなに?と目を見開いて匂いを追っていたんだけど。

でも、その夜と前の日の夜。
フミやメイが死ぬ前に出したような、低い不思議な声で鳴いた。
だから、もしかしたら死期が近いのかも。
1ヵ月後は生きていないかも、と思った。

でも同時に、食べるなら大丈夫とも思った。
目も輝いてた。
妹のヒザの上で丸くなるハルオに、「明日もがんばって食べようね」
食べないとあきらめないといけなくなるけど、
でも食べてくれるなら、少しずつでも元気になる希望が出てくるんだよ。

そう、ハルに話していたのに。
がんばってくれてありがとうね、とも伝えたのに。

翌朝の2/14。
起床して猫部屋を見た私の眼に、ケージの前に横たわるハルがいた。
まだほんのり温かかった。

トイレに行こうとしたの?
それとも、私達を探しにみんなと眠るケージ部屋から出たの?
それとも、ササたちが迎えに来た?
大猫部屋のみんなに見守られて、逝けたのかな。

ハルはエイズキャリアだったから、エイズが発症したのだと思っていた。
それでも、白血病のように急激な変化はなかったね。
ただ、少しずつ少しずつ痩せていって、食欲も落ちて。
でもまさか、昨日の今日でお別れとは、思いもよらなかった。

寒くないように、たくさんの花をハルのお墓に入れたんだ。
穴を掘っているとき、ハルを窓の近くに置いておいたら、
「おい、そんなとこで何寝てるんだよハルオ」とでも言うように、
珍しく天が窓の向こうからハルに手を伸ばしてたそう。
妹がそれに気づいて、少し笑った。

妹と一緒に掘っているとき、ホネを見つけたよ。
これどこのホネだ?と思ったら肩甲骨。そして、頭骨も出てきた。
位置的にそこは、ササかフミなんだけど、ササはフミと向かいあうように、
唯一、北枕東向きで眠っている猫。
それがないということは・・・誰だろう?
ヒサビサに外界で会った頭骨は、思ったより小さくて、とても静かだった。
ハルとお話をしてもらえるように、ハルの顔のそばに、ホネを戻した。

後から、あの位置はハクだったねと妹と話した。

ハルオはうるさい猫なわけではないけど、
目が会えば「にゃー」といいながらこちらにすぐ駆け寄ってきたので、
なんだか大猫部屋にはいると喪失感が大きい。
今でも、あまり部屋に入れないよ。
時々バクハツして、頭をぶつけたくなってしまう。
みんな私をおいて死んでしまう。死んでしまって遠い所にいってしまった。

去年の今の時間はまだ、私たちはとても平和だった。
1時間後には、あの大きな揺れと想像を超えた津波の映像と、ずっと続く余震と。
そして今も続く地震と放射能。
世界は一変してしまったね。

年をとるってことは、心の傷みに言葉を失い、口を噤むこと。

でも、無気力になった時にそばで支えてくれるのは、いつも猫たち。
地震も放射能もあほな政府も関係なく、
日々日々生きて、そばにいてくれる。

遠くに行ってしまった君達も、
いつか忘れずに、私を迎えに来てくれるのかな。
今もそばにいてくれるのかな。
ニックネーム りゅう at 14:03| Comment(2) | TrackBack(0) | 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月28日

あの時は

あの時はどうして、あんなにがんばれたんだろう?

今年の春に大改悪爆弾をして愛想をつかしたgooメール。
ふと思い出してログインしてみたら、
シンプルメールという機能が選べるようになっていた。あら。
エキサイトのフリメにほとんど変えたけど、
ケイタイからもgooはログインしてメールを見ることができたからね、
緊急の猫のSOSメールとかに対応できてよかったのにーって残念だったんだよね。

どんなにどんなに大改悪だったかは、すでに世の中で散々話題になったからいいや。
とりあえず、使いやすくなったかどうか、しばらく様子を見てみよう。

あ、そうそう。
文頭の「あの時はどうして、あんなにがんばれたんだろう?」はこれ、
gooメールの過去のメールも移動措置が終わって読めるようになったので、
整理がてらに読んで、心に浮かんだ言葉なのでした。

2003年から使ってたあのアドレスには、いろんな気持ちが詰め込まれていました。
メイを拾った時のことあたりから。
リナの闘病、メイの闘病、タヒボ茶のこと、ホメオパシー、ジェモセラピー、
猫屋敷リンクのみんな、ニンナナンナさんのアドバイスと心遣い、
病気になってしまった子の心配、みんなのバトン。
猫屋敷だけでなく、旅立ったにゃんこ達への想いだったり、交流だったり。

ゆずが旅立ってからちょうど1ヶ月の私。
特に落ち込んでいるわけではないけどぽやーっとしたまま、
ムシムシした梅雨に機嫌が悪くなったり。
なんか、自分の中で何かがきちんと「合っていない」感覚にいらいらする。
なにか足りないような、なんだろう。

リンパ腫やら何やら、そういう病気からは解放されて気がラクのはずなのに。
「あの頃」の私と比べると、何か今の私はビミョウだ。
・・・あの頃の私は、自分から見ても何かがんばっていた気がするなぁ。
大きな闘病から離れた「平和ボケ」って障害なんだろうかもうやだ〜(悲しい顔)

>りゅうさん、振り返ってみればお世話を出来るその時間は本当に宝物ですね。
私は分かっているつもりでいました。
でもやっぱり本当の意味では分かっていなかったような気もします。


にゃんこ友達が私のメールの返信で書いてくれたこの言葉が、
静かに、とてもきらきらしていました。

ああ、そうか。

大変でもなんでもない日常。
ごはんをあげて、トイレを掃除して、時々一緒に寝転がって。
うりをだっこして思いっきり引っかかれた肩の傷たらーっ(汗)だって、
平和でキラキラした時間の一片なんだよなぁ。
いつのまにか、忘れてたのかな。
一緒に過ごせる時間は限られていて、とてもキラキラした綺麗なものだって。

あの頃はわかっていたコト。
いつのまにか、
当たり前を「当たり前」にしか捉えないココロになっていたのかなぁ。

ふと、ササやフミ、はね達を探して、あ。と思う時も未だにある。
メイが死んでしまった時のふとんとか、未だにしまったケースを開けられない。
たぬきが死んでしまった後で、残った木のお皿を見た時のぽっかり感。
ゆずのために買ったおむつやシニア缶詰の残りを目にした時の・・・。

1Fの猫部屋に入ると、なる・空・ハル・くりがすぐに駆け寄ってくる。
体格のいい(デブともいう)♂にゃんこの方が甘えん坊。
肥え太れーコエフトレーと呪文をかけながら、ごはんの配膳をする日常。
エイズキャリアでも白血病キャリアでも、
みんなこんなに肥え太って、元気に暮らしてくれて。

私は何がしたかったんだろう?
どうしてこんなにイライラしたり自分を卑下してるんだろう?
今の自分があまり好きじゃないなら、この辺でよーく考えてみよう。
というか、
あの頃の私は「何か」に突っ走ってたから、それがヒントなのかなとも思う。
またしっかり、少しずつ自分の足場を整えていこう。
ニックネーム りゅう at 23:25| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年12月27日

みんなの手

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今朝、我が家にやって来た猫天使。

先月末にコマが旅立ってから1ヶ月。
たぶん、みんなが思うほど、気落ちしてないのかな。
毎年のようにこれだけ闘病生活をして、旅立ちを見送り、
それに慣れたわけじゃない。
慣れる、じゃなくて、なんていうのかな・・・「受け入れる」かな?
後悔もそれはもちろん、あるんだけどね。

病気のことをなにも知らなかった頃、昔は後悔の方が大きかった。
自分の無知が、奈落ともいえるその後悔の深さだった。
その後悔を大事にかかえて来れた結果が、今の状態につながってる気もする。

あの頃より、いろんな病気のことを知った。
あの頃より、自分で私の猫のためにできるワザを身につけた。

病気のことを知るって言うのは、怖いけどとても大切なことだね。
助けたくても、どうにもしてあげられないことがあって、
それを知る怖さ。
「終わり」とか「どうにもできないこと」があるのはね、仕方ないことなんだよ。
認めたくなくてとても怖いことだけどね。
それがあるのは、確かなこと。

でも、そこに目を向けるんじゃなくて、
それよりももっと大切なこと=「してあげられること」に、
目を向けてほしいなって思う。

神サマじゃないから、病気を治してあげることはできないかもしれない。
でも、少しでも状態を良くしてあげられるかもしれない。
なにか食べさせてあげられるかもしれない。
よい治療法をみつけられるかもしれない。

そして、つらさを長引かせることを、やめてあげることができるかもしれない。

ヨッシーさんが猫天使とともに送ってくれた
「ペットがガンに負けないために」って本。
「はじめに」や、飼い主がかわれば〜のところを少しだけ読んだけど、
いい本だなぁって思った。

「100匹のガンの子がいれば、100通りの治療があるわけです」

リンパ腫とヒトコトで言っても、タイプはさまざま。
同じ部位にガンができても、進行も寛解も転移も、猫それぞれ。
怖がらせるわけでもなく、押し付けるわけでもなく、

ガンはこういう病気なんだよ。
こういう治療ができるんだよ。
こう進行してしまうこともあるんだよ。

そして、その治療を続けることを動物が望んでいるか、耳を澄ませて。って
その言葉がつたわる、良い本だと(ちょっと見ただけでも)思った。

自分が同じ病気だったら、ここまで治療してほしいと思わないと、
お母さんが言っていたけど。
私も自分でそう思うけど、だからって今までして来た事が悪いわけじゃない。

うちの猫たちを見ていたら、わかる。

メイもフミもたぬきもハクもササもはねもコマも。
治療はイヤだったかもしれないけど、それでも一緒にがんばってくれた。
自分の命の終わりが近いことを知ってたのかもしれないけど、
私たちがやることを、静かに受け入れてくれていたのを、なんとなく感じる。
(強制給餌はかなり嫌がったけどね・・・)
治療につきあってくれた、っていうのかな。
私がこうしてblogであれこれいえるのは、
うちの猫たちが本当にがんばってくれたからなんだよね。

闘病は焦りがあって、どうしても気がささくれてしまうけど。
ムリに明るく振舞うことはないと思う。
猫に不安を打ち明けてもいいと思う。
わーっと泣いたっていいと思う。

そのあとで一緒にいたいからがんばりたいってことを、
しっかり伝えてあげたら、ヒトも猫も心を支えあうことができると思う。

真っ白な猫天使は、PCの正面の壁に飾らせてもらいました。
静かに眠るような、笑っているような。
デコの広さが、はねみたい。でもみんなの面影が見えるような。
HDDの箱に入って(ヨッシーさんらしい)やってきた猫天使を見て触った途端、
わーっと泣いて少しすっきりした。

闘病の時、私を支えてくれるのは、
うちの猫たちと、声をかけなくても気持ちを送ってくれている猫友達みんな。
だからもう少し気持ちが落ち着いたら、
この本を読んで、みんなの手助けができるように、
みんなと手をつないでいけるようにしたいと思う。
ニックネーム りゅう at 10:44| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年03月14日

春の気配

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"なにをしているの?"
<ちゃっぴー、栗、なる、もどき、ニイナ>

3/6。純白の王様ササがこの世を去ってフミの待つ世界に旅立った日。

はやいね。もう1年だね。

ササが死んだなんて、はねが死んだなんて、考えられないよね。
そんなコトを姉妹で口にすることが毎日のようにあって。

でもそのたびに、
「あのまま生きているのも、苦しかったからね・・・」
なにより、相棒のフミがこの世にいないのだから、
そう遠くないいつか、ササが世を去るのではないかって思いもあったから。
今頃のんびり、ササとフミ一緒にいるんだと思うと、
やっぱりこういう結果になったんだろうなぁって。
なんていうのかな、諦めとかそういうのではなくて、
そこが気持ちが落ち着く「結果」っていうのかな?

去年の今頃は、はねの極度の貧血の対処に追われていたから、
ササ達を失った奈落は、はねが世を去った1ヵ月後、4/6にまとめてやってきた。

昨春まで香っていた庭の沈丁花は、今はもうない。

近所でふと、その沈丁花の香りが風に乗ってきた時、
遠い遠い、今では遠くなってしまったメイの発病のことを思い出した。

大変だったなぁ。
のんびり気分の春のはずが、発病(病気の発見)が多い気がする。
今頃何してるのかな。
今はみんな、静かに静かに、のんびり暮らしてるのかな?

春の日差しの中、庭のお墓にお線香をあげる。
ふりかえると、フシギそうに眺める我が猫屋敷の猫s。

「キミたちはもう、病気になんてなるんじゃないからね」

そんな呟きが、毎日の祈りとなってる春の1日。
ニックネーム りゅう at 20:41 | TrackBack(0) | 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年06月23日

1000人分の私の

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友達の猫さんが旅立った時に、思い出してコメントにしたこと。
私のように、今でも泣きながら歩いて帰ることがあるヒト達に、
同じようにおくりたいと思う。

沖縄の友達に聞いたコト。

亡くなった方に1本のバラを捧げると、
それは天国で、1000本のバラになって亡くなった方の周りに咲くんだって。

まぁ、じいじの場合はバラじゃなくて酒とタバコだな、って笑ってたけど。

ササやはねが死んでしまった時、
その喪失感を埋めるように、たくさんの花を買ってきて一緒に埋葬した。
春爛漫のお花に囲まれて、
お墓のなかのササもはねも、そして私達姉妹もゆったりとした気持ちになった。
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お花をお供えする。
きっと、天国のうちの猫たちの周りは、イロトリドリの花で溢れてるだろうな。
うちの猫だけじゃない、
思う・思い出す猫さん達の周りでもきっと同じく咲いてるだろうな。

そしてなにより、
お花だけじゃなくて、私ヒトリのこの愛が、
天国では「りゅう1000人分の愛」になって、ササたちを取り巻いてるに違いない。

生きてる間にしてあげられなかったこと。
怒ってしまったこと。はたいてしまったこと。
キライだと言ってしまったこと。
闘病でつらい思いをさせてしまったこと。
後悔や辛さを拭い去るくらい、それを上回るくらい、それを癒せるくらい、
私が笑って楽しかった気持ちを天国に送れば、
1000人分の私の愛情がうちの猫達を包んでくれる。

いや、笑ってても泣いてても、好きな気持ちは変わらないから、
泣いてても1000人分の私の愛情に揺らぎはないよ。

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生きてた時の写真や動画をふと見ると、
あまりの喪失感に圧倒されて、悲しいのか何かわからないうちに大泣きしてしまうけど。

お花を供えよう。私の愛情を天国に送ろう。

1000人分の私のこの愛情に包まれて、
キミ達は疲れた体を休めて、しあわせな気持ちになってくれるかな?

一緒に生きていた幸せな時間とみんなを誇りに思う気持ちが、
1000倍になって、天国のキミ達をより一層キラキラ輝かせてるよね。
ニックネーム りゅう at 20:35| Comment(13) | TrackBack(0) | 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月16日

わたしたちの意味

しばらく前、はねの貧血が判明したときだったかな。
「はね、赤血球が半分しかないんだって」そう、お母さんに言った時かな。
それとも、ササが膿胸になったと報告した時かな。
「どうしてうちの子ばっかり・・・」とさすがにお母さんが絶句したのを覚えてる。
私もいつも思ってた。

どうして、こう、うちは問題が次々に起こるんだろう?
どうして、次々にいろんな病気になるんだろう?

まるで、
次はこの病気が課題です。どう立ち向かいますか?
そんな命の試練を出されてるみたいで、
それが大事なうちの猫たちの命で、
自分たちが生きてるイミは何なんだろう?ってよく思った。
こんなに大切な命を失う今生って、前世の私はどんなに悪いことをしたんだ?とかね。

結局、ササが旅立ってしまってからも、休むことなく走ってる。
走り続けないと、今度は「はね」が失われてしまうからね。
ササが死んでしまった翌日、急激にはねの元気がなくなって、
8日に栗の血を輸血をした。
その3日後の11日にも空の血を輸血をし、また、明日輸血をする。
ごはんを食べてくれるから、まだ気持ち的にはラクなんだけど、
それでも後ろ足の筋肉がかなり落ちて痩せてるので、胸が痛くなる。

でも、輸血が続けば、はねは黄疸が出てるけど元気に過ごせる。
お金を切り詰めて、やりくりして、酸素ケージもまだレンタルして、
がんばっていけば、ちゃんと一緒に生きる時間が作れる。

私ははねがすごく好きだ。
ぷーぷーウルサイ子で、あちこちでシッコするはねをぺしぺし叩いたり、
大きな声で怒ったりもして後悔はすごくあるんだけど、
それでも、はねが私を好きなんだってわかるから。
(妹が、はね、あきらかにりゅうと妹に対する態度が違うと言ってたし)
だから、ササがこの世からいなくなってしまって、
夢の中でも「ササが死んでしまった」と泣き喚く私がいても、
それでも休まず走り続けられる。

好きっていう気持ちは、ほんとに強いね。
死んでしまっていても、前にも言ったけど、変わりなく私はササが好きだ。
今でも、メイもフミもみんなみんな好き。
つらくて泣くのは、もっと一緒に生きていたかったんだから、当然。

リンパ腫のことで、うちにたどり着いてがんばってくれた猫さんが、
たくさんいたことを知りました。
はげましてくれて、応援してくれて、ありがとう☆
みんな大変だったね。でも、いっぱいがんばったね。
できることには限りがあるんだけど、出来る分だけ、がんばれたら幸せだと思う。
後悔を抱えるのも、その子が好きだった気持ちの表れだからね。

ササをこの世から失った今でも、私ははっきり言えることがあって。

それは、
病気になっても、命の「分」精一杯いろんなことが出来るってこと。
短い一生でも、一緒に過ごせてどんなに幸せだったか!ってこと。
病気を抱えて生きていくのは、それなりにすごく大変でつらいこともあるけど、
でも、それでも一緒に生きてくれて、出会えてほんとによかったなってこと。

もし、短い一生だった・・・ってずっと泣き続けてる人がいたら、
そんな風に考えてほしいと思う。
「短い時間」って決められた命を持った子が、選んで来たのが自分のとこなんだ!って。
その短い決められた時間を、一緒に生きることができたんだなぁって。
病気の子だってわかってたら、一緒に暮らさなかったかな?
病気になる子だってわかってたら、一緒に暮らさなかったかな?

つらいことも楽しいことも、うちで一緒に生きてくれてほんと良かった。
私は今でもそう言えます。
ササもフミもみんなみんな、うちで一緒に病気と対峙できてよかった。
もちろん、病気になんてなってほしくないけど。
もうコリゴリだけど、
病気でも病気じゃなくても、一緒に生きられたしあわせっていうのは、
ほんとにすごく、キレイな宝物だと思う。

今でも、ササが死んでしまったなんて、ある部分では信じられないけどね。

病気になってしまっても、その時その時、できることはちゃんとある。
どうしても変えられない「命の分」っていうのはあるんだけど、
その命の分いっぱい、みんなで支えあって一緒にがんばって行けたら、
きっと、つらくても、それはとてもしあわせなことだと思う。

多分、それを伝えることが、我が猫屋敷が生きてる、イミなんだと思う。
どうかな?
ニックネーム りゅう at 21:18| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年01月29日

大切な時間

ハクが旅立ってから1週間。
雪が降り、晴天になり、雨が降り。
土の中で眠るハクを思う。

強力抗がん剤の影響と安静を考えて、ハクはしばらく妹の部屋で過ごしてたんだけど。
だから余計に、妹はハクがいない寂しさがつらいようだった。

メイが死んでしまった後の、私の寂しさがわかったと言ってた。

メイはキリと一緒にりゅう部屋で生活していたから、
そのメイがいなくなってしまった後、
それはもう、言葉にはできない位に寂しくてつらかった。
相棒のメイをなくしたキリの寂しさを思って、さらにつらかった。
はねを2F組にしたことで、それは解消されたけどね。

抗がん剤の耐性ができてどうにもできない腫瘍。
それにハクが苦しまなくていいってことは、確かにほっとすることだけど。
同時に、またたび枕をもらってぐるぐる言うハクにも会えない。
やせてしまったけど、がんばってトイレに向かう姿も、
なによりも、そのキレイなグリーンの目をしたハクを、
もう目の前で見ることは出来ないんだなぁ。

それはやっぱり、とてつもない寂しさ。
ほっとする安堵と寂しさは、いつもセットでやってくる。
ほんとにほんとに、一緒に生きてる時間は、なんて大切なんだろうね。
ニックネーム りゅう at 21:02| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年12月24日

そうか、もうきみはいないのか

先日、何気なく新聞を眺めていたら、編集者が書くプチコラムのような欄に目が留まった。
なんとかという作家の遺稿が見つかったというもので、
それだけなら「ふーん」と通り過ぎてしまったのだけど、タイトルで心がぎゅっとつかまれた。

「そうか、もうきみはいないのか」

タイトルだけで、すごくすごく想いが伝わる。
きっと私と同じ気持ちなんだろう。他にも「ああ」と心をつかまれるヒトはいただろう。

姿がなくなっても、別の世界で今も生きているように話す。
一緒に生きていたときの、思わず笑ってしまうような思い出を話す。
普段は元気。楽しかったこと、つらかったこと、がんばったこと、いろいろ話す。
姿はなくなっても一緒に生きてるもんね、と話す。

でもそれがふと、我に返ってしまう時があって。

その時に私も同じようなことを呟く。
「そうか、もうきみはいないのか」
ほんとに、ふと我に返った時に出る言葉。

埋葬するときに最後の最後まで、手を伸ばして触っていたメイのしましましっぽ。
フミの耳。たぬきの手。

大好きな大好きな、みんなのその体は、今はもうない。

いつも一緒に生きてる!っていう思いと、その喪失感と、
何年経っても何ヶ月経っても、
絶えず両方を抱えて生きてるんだなって思った。
ニックネーム りゅう at 20:44| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月07日

いない存在感

先日、妹が頭いたいーとホットカーペットに寝転がっていた。
ヒト眠りして、ちょっとよくなったのか、上機嫌な妹。

どうしたの?頭イタイの治ったの?

さっきよりは良くなったけど、と何かうれしそう。

ホットカーペットで寝てた時に、頭のこの辺(指をさす)に、
もやもやーっとしたたぬきがいたような気がしたんだよ、と。

そうだね。
たぬきは今も、ふんふんふん、って部屋を歩いてるのかもしれないね。

そんなに触れなかったし、手を伸ばすとささっと逃げ去るたぬきだったけど、
こんなにも存在感があったなんて。みんなで驚き。
猫部屋でねこじゃらしで遊んでいる時に、ふと、フミがいないことを再確認するように、
棚やキャットタワーの上から、ごはんかな?とじっと見つめるたぬきを探してしまう。
怖がりのくせに、結構あちこち歩き回って、
私たちがいる部屋にやってきて、高いところでくつろぐことも多かったもんね。
しんみりしそうな時は、楽しかったこと、おもしろい姿を話して笑ってみる。

猫の大部屋にテーブル&フリースだけの擬似こたつを作ってみたら、
みんなそのフリース周辺にぎゅっと集まる。
こーいうの(こたつみたいなの)好きなんだねぇ、猫は☆
部屋の中央にみんな集まって・・・あれ、こんなに部屋って広かったっけ?

2Fや和室に分散してるからかもしれないけど、
今、大部屋には、
なる、栗、コマ、ハル、空、華、ニイナ、ちゃっぴー、もどき、の9匹。
061006.jpg
↑ヒト昔前はこんな。フミもたぬきも、まさかいないとは夢にも思わず。

フミとたぬきがいなくなっただけで、ほんとに部屋が広く閑散としている。
16匹なんて、フツウの家みたいだね。
グレちゃんいれたら17匹だけど、グレちゃんハウスは外にあるもんね。
冬が近づくと、メイがいない寂しさを共感するように、キリが甘えん坊になる。
フミのいない大部屋に、ササはあまり長居したがらない。
元気だけど、寂しさは消えない。寂しさは消えないけど、元気にもなれる。
バランスをとるのって、なかなか。
ニックネーム りゅう at 23:49| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年10月14日

金木犀と一緒に

071014.JPG
たぬきのお皿にサナベルのエレガンスが残ってた。
食欲が落ちたときに買って、ぽりぽりかじってくれて喜んでいたのがつい先日。
食べたくなったらいつでも食べられるように、と置いておいた。
ぽつんと、お皿が残っているのは・・・とても悲しい。

穴掘りスキルが高くなった妹は、今回のお墓も2時間で完成。
同じくお休みだったお母さんがゆりの球根をどけて、お墓スペースを新設。
たぬきはやせてるけど、結構大きな猫だったから、フミのお墓のそばだとスペースなくて。
これなら広々できるかな?
金木犀の花を敷いて、たぬきを寝かせて。
部屋の薔薇と庭のスミレと、猫屋敷の猫の毛玉を腕に抱えさせて、眠りについた。
猫みんなに「毛をよこせ〜」ってブラッシングして、毛を集めたの。
コマともどきは、おそらくたぬきの子供だから、何か一緒に持っていかせたかったんだよね。

たぬきを病院に連れて行く時に、
「ヒトは後悔する生き物だ」って妹が哲学的なことを言ったの、思い出した。
妹はたぬきをとても好きだったから、もっと早く病院に行けばよかった、と、
私以上に後悔してるんだろう。
お休みの日に病院に連れて行こうとは思っていたけど、まさか死んでしまうとは思いもよらず。
私もそう。カゼだからすぐ治ると思い込んでいたからね。
でも、埋葬を終えると、
たぬきはそういう後悔も何もかもから解き放たれて、
とても静かな所へと落ち着いたんだから。
秋の空と金木犀と一緒に。
そんな風に思って、お墓のお線香をぼんやりながめて、静かな気分になった。

でも、知ってるんだ。
後悔はこの後。これから強くなっておそいかかってくる。
それは私が感染症についての知識がなかった事への後悔もあるけど、
たぬきともっと仲良くなりたかったこと、
もっと一緒に生きたかったこと、
そういう、たぬきが好きな気持ちがあるからやってくることなので、
まぁ(後悔に翻弄されても)仕方ないなぁとも思う。

お悔やみの言葉ありがとうございましたかわいい
ニックネーム りゅう at 15:52| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年09月09日

後悔と上手につきあう

「そう、知らず知らずのうちにポジティブ思考が
 身に付いているのもいい面のひとつですよね。」

りゅうずの頃から私を知っているKさんに、そう言われて思い出した。
思い返した。
自分でも思う。
私って、プラス思考っていうか楽観的っていうか、
ずいぶんポジティブになったなぁ。(遠い目)

もとからこんなプラス思考ができていたわけじゃない。
っていうか、むしろ、どーんと奈落のどん底によく落ち込むことがあったような^▽^;。
だからこれ、実は知らないうちに身についたものじゃなかったりする。

私は強くなりたかったから、
いろんなことが起きてもちゃんと対峙して解決したかったから、
そうなりたい、とずっとずっと思ってきた。
プラス思考って言うか、前を向いて進む力がほしかった。
たくさんたくさん考えて、生きて、自分の真理を見つけたと思う。
ようやく。

私が「りゅうず」を閉鎖する原因となったのが、成の死だった。
060115.jpg
どーんと落ち込み、精神の深海に閉じこもり、表現する言葉を失った。
書きたくても、言葉が続かない。
表現したくても、デザインが生きてない。
世界が色褪せるって、ホントだ。
イロトリドリだった私の世界は当時、何の感慨も輝きも色彩もなくなった。
いつもデジカメを持ち歩き、いろんなコトを発見するのが好きだった私が、
世界への興味と一緒に、表現するものをなくしてしまった。
その位、私の後悔は奈落の底まで深かった。
猫に多いリンパ腫という病気さえ知らなかったこと。
末期になるまで、わからなかったこと。
成のためにしてあげられることが、もうほとんどなかったこと。
知識のなさが、そのまま後悔に直結して、重くのしかかる。

数ヶ月経って、ふと香った沈丁花が季節を思い出させてくれて。
そこからまた、日常への道をたどり始めて今に至るんだけどね。


奈落の深海から、私はどうやって浮上したんだっけ?
ニックネーム りゅう at 10:00| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月03日

見知らぬ猫にも君を想う

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同じリンパ腫と闘った、ちっちーちゃんの、marieさんのblogにて。
左上の子猫、フミに似てるでしょ。
白い子猫と茶白の子猫のその姿が、まるでササとフミのようで。
目にした途端、言葉もなく涙が流れた。

そうか。2ヶ月近く経つけど、やっぱり泣いちゃうんだなぁ。

でも、それは今までの涙とはなんか違う。
今まで・・・というか1ヶ月経つ前位までは、
ことあるごとに「どうして死んじゃったんだろう」って悔やみが強いんだけど、
なんかね、静かな涙なの。意味伝わるかな?
悲しいとか悔しいとか、そういうちゃんとした感情があるわけじゃないの。
ただ、「ああ」って思うだけ。

ああ、フミに似てるなぁ。

似ている子猫がうれしいような、
フミの小さい頃を思い出して切ないような、
失われたその命を想うような。

静かな涙だなーって思う時。
後悔よりも「私はフミがこんなに好きなんだなぁ」ってそんな風に思う。
フミだけじゃなくて、メイとか他の子ももちろん。

こんなに思わず泣いてしまう位、フミが好きなんだな。
こんなに好きだったんだから、凹みを引きずっちゃったって仕方ないよなぁ。

うちの猫だけじゃなくて、そんな風に思うと、心が軽くなるよ。
何ヶ月経とうと何年経とうと、泣いたっていいじゃん。
自分の心なんだから、だれかに言い訳して泣くのを我慢することないし。

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ニックネーム りゅう at 11:22| Comment(12) | TrackBack(0) | 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年06月09日

気分転換のすすめ

ちょっと書くのが遅くなってしまったけど・・・5月下旬のある日。
空が晴れていると、青空だと、気持ちが逆に凹んでしまい、
雨が降ってる灰色の空の方が「ほっとする」日が続いた。
ちょっとは落ち着いたつもりだけど、お休みの日でずっと家にいると怖くなる。
"いくら探しても、フミの姿はこの世にないんだ"

それなら、思い切って外に出よう!

と、思い立って「龍王峡」に行くことにしたりゅう姉妹。
でも龍王峡は鬼怒川温泉のその先。山の中。
いくらなんでも雨の日に行くところではない。
早起きはしたものの、お天気がイマイチそうで「どうしようかな」と迷う。
行きたいけど、山だからきっと雨ざーっと降るだろう。
行きたくないけど、でも、家にじっとしてるのも、気が塞ぐ。
でも結局、妹が「雨でもいいじゃん」と促してくれたので、思い切ってお出かけ。

予想は的中、結構な雨が降ってきた^▽^;。
でも雨の中の新緑は、それはもうとっても鮮やか。
雨のおかげで誰もいない(いても数人のおじさんおばさん、すぐに引返す)ハイキングコースを、
ハイキングにそぐわない大きな傘を差しながら降りていく姉妹。
おみやげ屋さんのおじさんが、
「下に行くの?滑るから気をつけて」と見送ってくれました。
すぐに引き返さず、ハイキングコースを川治温泉まで歩こうと思ってたんだよね。
でもそれはさすがに、地図で見るよりかなりの距離なので断念。
(しかもすごい雨だし)
岩の階段を降りて(妹は待機)川まで行ってみたり、
ハイキングコースという名の獣道を歩いているうちに、楽しくなってきた。

こんなお天気に傘を差して山道を歩くなんて、ありえない☆

そのありえなさを実行してる自分たちがおかしくて。
「ぷみころーん!!(フミの愛称)」とか大きな声で呼んでみたり。
雨に打たれる新緑のパワーをもらったのか、
いろいろ話しながら、大笑いしながら「むささび橋?」まで歩いて、
そこから駅に戻って電車で川治温泉に向かう。
露天風呂からぼんやりぼんやり、雨の降る山を見る。
あー、泊まりだったらもっといいのになぁ。

笑うのって、いいね。
こんな雨降りだけど、探検的散歩なハイキングだったけど、ほんと楽しかった。
普段の自分だったらやらない事って、結構いいかもしれない☆
妹も楽しそうで、ほんとによかった。
笑った分だけ、元気は近づいてくる。
落ち込む日はこれからもあるだろうけど、
そんな時は本に没頭したり、掃除をしたり、こうやって散歩をしたり。
うずくまって布団かぶって丸くなったり、パンを焼いてみたり。
そうやって動いてるうちに、日常のバランスも取れてくるんだなぁ。
ニックネーム りゅう at 23:00| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月21日

一緒にいますよ

もう一度元気になるように!ってがんばればがんばるほど、反動は大きい。
自責と後悔。
やってあげたかったこと。
間に合わなかったと思うこと。
やらなければよかったと思うこと。
これはあとからあとから、少しずつ染み出すようにわきあがる。
でも、1週間経って、少しずつ前に進めそうな気持ちになってきた。
つまらないなぁ。なんで死んじゃったのかなぁ。
その思いが大きくなりそうな時は、お線香をばんばんあげる。

私が動けなくなるほど後悔した理由は、強制給餌だけじゃなくて。
フミの兄弟猫、ササとのことがいちばん。

5/14はとてもいいお天気で、2Fのりゅう部屋では暑くなるかな?と、
まだ少し暖かいフミの体を1Fのケージの中に安置した。
タオルケットの上にペットシーツを置いて、ふかふかにして。
私が何かを取りに部屋を出て、そして帰ってきてみると・・・

sasafumi5.JPG
静かに眠るフミの元で、ササが一緒に丸くなっていた。
「さぁ、久しぶりに一緒に寝ますよ」というように。
いつものように、おかまいなしにフミの体の上にどーんと丸くなって。

それを見た瞬間、

ササは、フミと一緒にいたかったんだ。

私はとんでもない間違いをしたんじゃないか、と愕然とした。

生きてる時に、フミも、ササともっと一緒にいたかったかもしれない。

活気があるにぎやかな1Fは、ほこりとか菌とか、2Fより多いと思う。
フミの体を考えて、
静かで先住2匹(キリ・はね)のりゅう部屋で多くの時間を過ごしてたけど、
フミはそんなことより、ササともっと一緒にいたかったんじゃないだろうか。

最期の最後、様子がおかしくなったフミのために急いでササを連れてきたけど、
ササはわかってるのかわかっていないのか、フミから少し離れたところに移動してた。
その時はもう、フミは体からふうっと抜け出ていたのかな?
どうなんだろうね。
ササはメイが死んでしまった時も、最初は遠くからじっと見ていたなぁ。
大好きなメイ。
動かずに眠るメイを、メイだと理解してから、じっとそばに付き添っていた。
今回も、永い眠りに入ったフミのそばで。
痩せちゃって呼吸が大変そうだったから、こうやってどーんと乗るの、
ササも遠慮してたんだろうね。
フミは兄弟であるササの従者のように、いつも自然とサポートしてたけど、
ササはササで、フミを大事に思ってるの、ちゃんとわかる。

もっと一緒にいさせてあげればよかった。

いまさら言っても仕方ないことを思い、
残されたササの気持ちを考えたら、後悔は何10倍にも膨れ上がった。


いつでも一緒ですよ
ニックネーム りゅう at 12:56| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月17日

我慢をしないこと

■5/16(水)
朝はやっぱり、2日前のこの時間は生きていた・・・って思ってしまう。
フミがゆっくり眠れること。
フミの体もゆっくり還っていくこと。
そういう「ほっとした気持ち」とつらい気持ちがごちゃまぜ。

薬を飲んでいるせいか、気持ちが激しく揺れることもなく、
ぼんやりと水の中にいるような感じになるので、ちょっとラクかな?

動けるのでシゴトに行ったけど、
まだ体は疲れやすいけど、シゴトしてると気が紛れていいなと思う。
笑ったり、話したり、日常は楽しい事だってある。
「なんで死んじゃったんだろう」って思うけど、
違うことを考えたり、笑ったりするうちに、少しずつ気持ちも上を向く。

死んでしまった当日は出来ることなら絶対、家にいた方がいいと思う。
(特にこう動けなくなる私はたらーっ(汗)
埋葬を終えた後は、体に無理がなければ、外に出た方がいい。
ヒトと笑って、話して、大丈夫なフリをして、
そうしているうちにホントに大丈夫になっていく。
ずっと上向きでいられるわけじゃないけど、
「大丈夫グッド(上向き矢印)」と「だめバッド(下向き矢印)」の躁鬱の揺れ幅がだんだん小さくなって、
気持ちが安定してくるのがわかるから。
fumiflower.JPG
■5/17(木)
まだ疲れやすいので今日はお休み。
外が晴れていると、なんだか気持ちが凹む。
雨が降っている方がいいなぁ。却って気持ちが暗くならない。

最近心がけていることは「我慢をしないこと」

フミが死んでしまったという現実に、目一杯我慢しなくちゃいけないから。

それだけで神経をものすっごく使ってしまうから、
他の事ではなるべく我慢しない。
だからといって、何でも許されて好き勝手するわけじゃないよ!
たとえば、
食べたいと思ったものを食べる、とか。
私はどうしてもどうしても、モリナガのホットケーキが食べたいと思ったので、
ホットケーキミックスを買いに行ってきた。
そういう、ハタから見たら些細なことかもしれないけど、
節約生活中の私には、ホットケーキミックスを買うのは、プチ贅沢。
フミの死という大きな我慢のために、小さな我慢をせずに、自分に何かをする。
そうやって、心のバランスをはかってみた。

ホットケーキ食べたい→買いに行く(動く)→作る→食べる。

日常の動きをするっていうのも、心の安定のために大切かもって思った。

そして日付を変えてblog記事を書いていたんだけど。
みんなのコメントのおかげで、心が少し軽くなりました。

フミはほんとは命の火が弱くなっているのを、隠してがんばっていたのでは。
ヨッスィーさんの言葉で、ああ、そうなのかも。って。
だから、食べるようになったのに、元気になってきたのに、
それなのになんで衰弱しているような気がするんだろう・・・って私が不安に思ったのか。
腑に落ちた。
みんなが言うように、私にうれしい時間を作ってくれたんだ、フミは。

飛行機雲が消えても、飛行機がいなくなったわけじゃない。
見えなくなっても、見えない場所で飛行機は今も飛んでいる。
見えなくなっても、フミもメイも、みんな、ちゃんと存在している。


改めて、猫と猫友達のみんなに助けられてるなぁって、実感しました。
ありがとう。
言葉を送ってくれてありがとう。
お花を贈ってくれてありがとう。
デジカメをありがとう。フミの動画を残せました。
みんなのためにできることは、なんだろう?
ニックネーム りゅう at 00:00| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年05月15日

埋葬とフミ玉

うちの動物は、りゅう姉妹が休みの日の前日に旅立つことが多い。
犬君も、リナも、メイも、そしてフミも。

■5/15(火)
埋葬する今日は姉妹でお休みなので、妹はいつものようにお墓の作成係。
私は部屋の片付けとトイレ掃除。
猫トイレにフミの「黄色シッコ玉」が残ってると、
きっと後になって悲しさがすごいぶり返してしまうだろうと思って、
片っ端から全部、猫砂を取り替えた。
片付けは、頭がはっきりしないうちに、できる分だけやってしまう方がいい。
じゃないと、
後になればなるほど、つらくなって何も動かせなくなる。捨てられなくなる。

全部捨てちゃうのではなくて、捨てられるものだけを、捨てる。

私は2001年に旅立った八重の毛がついたヘアバンドもそのまま。
2003年に旅立った成に貸してあげたマフラーとかタオル、未だにそのまま。
去年のメイの赤ちゃん布団も、そのまま。
メイが死んでしまった後、みんな一緒にして衣装ケースにしまってある。
仕舞いっぱなしで見ることはあまりないけど、
でもちゃんと「存在」しているのって、精神的な支えになってくれるよ。

さすがにトイレの黄色シッコ玉は取っておけない・・・からね。
フミの痕跡は、私の羽毛布団に黄色く染められ残ってるし;;。

その後、私はブラシでフミの毛を集めて、「フミ玉」を作成。
妹といえば、スキルupしているのか、だんだん掘る時間が短くなっていく。
穴掘り上達?と自分でも笑う妹。
空が青空で、目の前の公園やうちの庭は新緑がキレイで。
お墓が出来上がる頃には、小さなフミ玉が2個、作れる毛が取れた。

フミを見るたびに、
なんで死んでしまったんだろう、
これから元気になるはずだったのに、
そんなことしか考えられず、
「なんで?」「どうして?」ばかり言葉に出していた。
言っても仕方がないことだってわかってるけど、
思わず口に出してしまう言葉も抑えてしまうと、余計に神経に負担が来るからね。

フミの体がこの世からゆっくり消えていく。
薔薇色の肉球だったフミを「ふみこローズ」とか言っていたんだけど、
北頭で丸くなるフミに、白い薔薇を。
その周りを囲むように胡蝶蘭。庭のお花。すみれ。
いろんな花に囲まれたフミは、やっぱり静かに眠っていた。
硬直が取れてやわらかくなった体。
少しずつ土をかけていく間、土に隠れるまで、片手でずっとフミの耳を触っていた。

意を決して、妹にたずねてみる。
「私のこと恨んでる?」
口にミルクを垂らさなければ、フミは死んだりしなかったかもしれない。
言わないだけで、妹は私のこと「なんでそんなことしたんだ」って思ってるかも。
それもずっと気がかりで、後悔と共に重くのしかかっていたんだけど、
妹は「そんなことあるわけない」と否定した。
ちょっと、気持ちが軽くなった。
私は自分で自分を許すことが出来ないから、
そうやって妹がうらんだりしないでいてくれると、許される気がする。

さよなら、フミの体。
ずいぶん疲れちゃったよね、ゆっくり休んでね。

お墓の横でぼんやりと、妹と話をする。
お墓の上にダビデの星のような形にお線香を立てて、
中央にお供えのワイルドストロベリーを飾った。
何かケーキのようで、またちょっと心が明るくなった。

でも、一人になると、夜になると、
昨日までフミはここで生きていたのに。
○時間前は生きていたのに。
そんなことばっかりで、わーわー泣いた。
はねやキリがそばにいてくれるから、まだいいけど・・・
キリに「きっか(キリの愛称)もめるがいなくなった時寂しかったよね」と。
ササもきっと同じように寂しいんだよ・・・どうしたらいいんだろうね。

メイとキリの2匹生活だったりゅう部屋。
メイが死んでしまってキリだけになって、その孤独を心配し、悲しんでいたけど。
それは「はね」という新しいコンビで少し救われた。
メイのようにまるっきり仲良しではなくて、
よくはねとキリはケンカしているけど、それでもうまくやってきた1年。
ササは大丈夫かな?
フミの首輪に付け替えてあげたから、フミと一緒って思うかな?
自分の悲しみももちろんあるけど、
兄弟であるササの孤独を思って、つらさが倍増する日々。

フミがもうつらい思いをすることがないって、それはほっとできるんだけど、
だからって何で死んじゃうんだよー;;。
誰かと話している時は、上向き。
でもそれ以外はもう、「つらいなぁ」ばかりが口に出る。
それは、仕方ないよね。
ニックネーム りゅう at 00:00| 虹 旅立ちを見送ったあと | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする